仏壇屋始末記

----21世紀初頭
会社勤めがいやになり
理由は単なるわがまま
辞めてしまい SE稼業をはじめました
guide to liberal design
略して GUILD 徒弟制度を目指します
そうこうしている内に両親は大阪を引き払い
田舎で隠居生活
父は晴耕雨読の毎日 母は兄弟と楽しい毎日
のはずが、二人とも相次いで癌で入院
私も東京と徳島を行き来することになる
二人とも他界
徳島は仏壇製造の盛んな土地柄
縁あり、仏壇屋を開業
ただ、武家の商法ならぬSEの商法
仏壇屋とSEの二足の草鞋
今は、特別区で新システム移行のお手伝い
結末はどうなることやら
・・・・・・ジンバラハラバリタヤウン
----写真は、自分なりの『曼荼羅』
これから、その曼荼羅を作り上げる
【胎臓界からの序】
昭和24年生まれ
団塊の世代、真っ只中
一浪して大学に入る
ちょうど安田講堂落城の年
あいつら、入学試験反対など騒いで、ひょっとすると二浪か
神戸の確か夢の台高校
関西では珍しい大雪
大阪から神戸まで阪急電車で
西宮北口で、ポイントが凍りつく
三宮でまた止まる
やっとつくと、あいつら入試反対などと騒いでいる
試験は一時間遅れで始まる
あと、私立を3校
はじめの、関学は合格
同志社は風邪気味でアウト
立命はたぶん受かっているだろうと母と結果を見に行く
完敗
母と二人で京阪四条の駅近くでラーメンを食べる
無事、六甲に入学
半年間学園封鎖
アルバイトに励む
あほか 何が楽しくて学園封鎖するんだ 勉強させろ
小鳥屋の店長が辞めたあと、アルバイトの私にすべて任せてくれる
決行いい実入りだった
学園封鎖後、授業が始まる
最初のドイツ語の時間
同級生二人と先輩の赤茶色のヘル
授業をのっとりに来た
対する
少林寺
島根弁
それと俺
邪魔だ帰れ
やるか
ドイツ語の講師が中に入り、マルクスの勉強会を始める
原書で、資本論を読もうということになった
世の中落ち着いてきた
ただ、衝撃はミシマの自刃
授業乗っ取りを企てた一人が警察に捕まった
俺は、写真部に入る
ドイツ語の講師の先生もドイツへ留学
専門課程で、私は『小麦の研究』
顕微鏡をのぞき、毎日小麦の染色体数を数えていた
窓の外を見ると百万ドルの夜景が見える
無事卒業
ただ、学問と関係ある就職先はなっかた
東京の証券会社に行く
箱根の山を越えるのは初めてだった
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仏壇屋始末記
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