外苑中8期の胡口靖夫様からの投稿です。
【北から南から】 〜〜サマルカンド便り -–2009年-- 〜〜 8期生 胡口靖夫(こぐち・やすお)『同窓会便り』の発行誠におめでとうございます。「サマルカンド便り」として、ときどき書かせて頂きます。
定年後の2003年4月からシルクロードの中央にあるウズベキスタン共和国のサマルカンド国立外国語大学(教授)で日本史や日本語を教えています。今年で6年になります。当地は昨年、「建都2750年祭」でにぎわいました。
写真(1)は、その記念絵ハガキです。サマルガンドは「人々が出会う場所」という意味で「文明の十字路」として2001年に世界遺産に登録されています。ぜひ、観光にお越し下さい。
写真(2)は、赴任した時に大学の正面玄関を背景に撮ったものです。4月ですが、もう夏の日差しで「サマルカンド・ブルー」といわれる空が抜けるように綺麗です。空気が乾燥しているので気温の高い夏でも木陰はとても爽やかです。
写真(3)は、今年畏友の愛娘の結婚式が神戸であり、家族がウズベク民族衣装を着てくることという約束で招待された時のものです。妻の名前はバルノ、3歳の娘の名前は「奈良」です。シルクロード研究者になってほしいと願ってつけました。
前略 今秋、拙著『シルクロードの<青の都>に暮らす---サマルカンド随想録---』を出版致しました。
外苑中学校同窓会ホームページにご紹介頂き、母校図書室へ寄贈して頂きたく1冊謹呈させて頂きます。
2009年12月3日 草々 胡口靖夫。
「同時代社」から新刊の案内です。書店で見つけられた時は、お手にとってご覧頂ければ幸いです。
カバー写真は世界遺産に登録されているサマルカンドのレギスタン広場とサマルカンドにあるキャラバン像です。
写真撮影(筆者:胡口靖夫)。
「同時代社」東京都千代田区西神田2-7-6 ☎03-3261-3149
『シルクロードの<青の都>に暮らす 【まえがき】』
ウズベキスタンには不思議な魅力がある。
イスラーム教の国であるのに、禁じられているウオッカやビールなどの酒を痛飲し、豚肉を食べる人はかなり多い。一日五回行う義務のメッカ礼拝はしないが、年に一度の「アマダーン(断食月)」に、日本人にはきわめて厳しい苦行と思われる一ヶ月の断食(日の出から日没まで水を含めて、いっさいの飲み物、食物を口にしない)を実行する人は少なくない。お金が無くてもお客さんにはテーブルいっぱいの料理とお酒でもてなす。家族はもちろん親族の誕生日をじつによく覚えていて、遠く日本からでもその日に電話で「お誕生日おめでとうございます!」と言う。口コミが発達していてメールよりも早くうわさがあっという間に広がる。それらは枚挙にいとまがない。
本書は、勤務校のサマルカンド国立外国語大学出身の国費留学生であるNさん、Kさん、Gさん、A君などから、「先生!どうして日本人は、私たちの国・ウズベキスタンを全然知らないのですか?」という質問(やや詰問的)に触発され、少しでも多くの人に知ってもらいたいと考えて執筆を思いたった。たしかに日本人はほとんどウズベキスタンのことを知らない。
私も自己紹介することを求められる時に非常に困る。仕方がないので「たぶんご存じないでしょうが」と前置きしてから、「ウズベキスタンは、中央アジアにある元ソ連邦の共和国の一つでした。今は小さいけれども独立して頑張っている国です。その国の大学で日本史や日本文化を教えています」と言うことにしている。
けれども中央アジアがどのあたりか思い浮かばない。「モンゴルの近くですか」とか「黒海のそばですか」などといろいろ言われるが、まだそれは良い方でである。ほとんどの人がわからない。遠い「絶城の国」というイメージである。また元ソ連邦を構築した一国と聞いただけでいぶかしく思う人がいるし、「<スタン>がつくからきっと戦争をしている危険なくになんでしょう。治安はいいのですか?」と真顔で話す人までいる。さらには「よくそんな国で数年間も住んでいられましたね」というおせかいな人もいる。それにいちいち真剣に答えているうちに相手があきらめるか、こちらが疲れて説明するのがいやになり、苦笑して終わることがしばしばである。
衝撃を受けたのは、2008年の夏に<サマルカンド大好き人間>と自称された埼玉県のある小学校の先生が、私の夏季集中授業中に「特別授業」をしていただいた時の話である。
「うちの小学校は、私を入れて42人の先生がいる日本では比較的大きな学校です。そのなかでウズベキスタンを知っている先生は、私以外に一人しかいません。あとの40人の先生は全然知りませんでした。ウズベキスタンの政府は、もっと日本の新聞やテレビで宣伝するべきです。そうすれば日本人の観光客がたくさん来て、あなたたちのガイドの仕事がもっと増えると思います」と学生たちに熱っぽく語りかけた。後半の指摘はまことにもっともであるので、ぐうの音も出ない。しかし、子どもたちに地理教育をする小学校の先生が、これでは国民がほとんどウズベキスタンを知らないことをとがめることがはできないと痛感した。
さらにウズベキスタンの知名度の低さに驚いたのは、麻生前首相の「失言」である。今年(2009年)の6月7日の新聞やインターネットはつぎのように報じた。
「麻生太郎首相(68)がまたまたNGワードを連発した。7月12日投票の東京都議選を控え、7日は都内各地で街頭演説。その際、『世界最速』でワールドカップ(W杯)出場を決めたサッカー日本代表を引き合いに出したまではよかったが、対戦相手のウズベキスタンを『カザフスタン』にしてしまい、さらにサッカーまで『野球』と間違える始末。つまり全部間違い。聴衆も『エッ!?』」
これでは彼が外相時代の2006年11月に東京で発表した外交構想、「自由と繁栄の弧」が中央アジアにおける石油・天然ガスの確保など、中東に偏在しがちであったエネルギー供給源を、国益の観点から多角化しようとしたが、説得力はもはやボロボロである。一国の宰相の器ではない。
ところで肝心のウズベキスタンへは、成田空港から関西空港を経由して首都タシケントへ行くウズベキスタン国営航空の直行便が就航し、成田あるいは関空などからソウル(インチョン)で乗り継いでタシケントへ飛ぶアジア航空や大韓航空が、ともに週2回ほど定期便として運航しているので便利である。所要時間は、広漠とした砂礫の海であるタクラマンカ砂漠や氷河を頂く嵯峨たる天山山脈を上空から眺め、飛行して約9時間くらいである。乗継便でもその日の夜9時頃に着いてしまう。飛んでいる時間はハワイへ行くのとあまり大差がないし、日付変更線に影響されないので時差ボケも少ない。ひたすら海上を飛行して空と海の風景を見ているよりも変化に富んでいて退屈しない。
蒸し暑くじっとしていても汗が吹き出す酷暑の日本から、気温は高いが空気を乾燥しているので木陰の涼しいウズベキスタンに着くと私はほっとする。ことにサマルカンドは、パミール高原の涼しい風と豊富な冷たい水が流れ込み、街路樹が茂っているおかげで最も過ごしやすい。ティムール(1336〜1405)が、中央アジアに広大な版図をもつティムール帝国を樹立したときその都に定めたのは、暮らしてみるとじつに賢明であったことがよくわかる。
サマルカンドとは、「人々が出会う場所」という意味で、シルクロード交易の主要拠点として繁栄し、古くから<青の都>、あるいは<東方の真珠>という異名をとるほど美しい街として賞賛されてきた。また、<文明の十字路>として2001年に世界遺産に登録さた。ぜひサマルカンドへお越しください。
胡口靖夫(こぐち やすお)ウズベキスタン・サマルカンド国立外国語大学教授。
博士(学術)。
専攻:ウズベク学・シルクロード民俗学。
「同時代社」
東京都千代田区西神田2-7-6 ☎03-3261-3149
2009年暮れ、私達の共通の友人・知人である胡口靖夫さんが、同時代社より『シルクロードの<青の都>に暮らす』を上梓したことは皆さんもご存知のことと思います。
胡口さんは、2003年以来、サマルカンド国立外国語大学で教鞭をとる一方で、ウズベキスタンの自然、歴史、文化などについての造詣を深めてきました。本書はその成果の一端を書き記したものと思われます。
胡口さんは本書の発行によって、少しでもウズベキスタンの事情を日本の人々に知ってもらい、さらに両国の友好が深まり広がることを願っています。
本書は発行とともに各界で反響をよび、日本図書館協会「選定図書」にもなりました。私たちはそれを喜び、さらに胡口さんの労をねぎらいつつ、出版を記念するささやかなつどいを開くことになりました。
ウズベク人の留学生たちには、民族帽や民族衣装の着用をお願いしています。ウズベクの風俗や音楽文化の発信の場にしたいとも思っています。 2010年1月吉日
【出版記念会発起人】
■加藤九祚(国立民俗学博物館名誉教授)
■川添光子(サマルカンド国立外国語大学特別顧問)
■川瀬健一(元川崎市立中学校社会科教論・歴史家)
■高橋定雄(横浜市立瀬谷第二小学校長)
■長澤法隆(シルクロード雑学大学代表・ライター)

アッサローム・アレイクム!
こんばんは。「半分ウズベク人」の胡口です。かぶっている帽子は、「ドッピ」と言い、冠婚葬祭や祭事のときなどにかぶります。
アトラクションを楽しみにしておられる方やご挨拶をお願いしている方のお邪魔にならないように簡潔に文章にしましたので、読ませていただきます。
【お礼の言葉】
寒い中、また日曜日の夜にもかかわらず遠くは鹿児島、神戸、名古屋、諏訪、甲府、高崎、仙台などから80名を超える方々においでいただき本当にありがとうございました。光栄の至りです。
おかげでサマルカンド外国語大学の支援基金も一息つけました。ウズベク人日本語教師からのお礼は、お配りした彼女たちの「寄せ書き」をご覧ください。実に的確に書かれているのに私も驚いています。これは川添先生、新海先生、伴内先生などのご指導の賜物です。
ただ、ウズベキスタンにおける日本語教育は危機的な状況にあるようです。教師の薄給については本で書きましたが、今年になってから教育省の方針で教科書からのコピーで授業をすることが禁止されました。学生達が、1冊30ドルの日本語の教科書を買わなければならなくなり困惑しています。
従来は、国際交流基金に申請して学生たちの教科書を寄贈してもらうことができましたが、日本政府の「仕分け作業」で予算が削られそれもできなくなりました。
やむなく教科書1冊、CD1枚でも紛失したら今後は支援しない、という厳しい条件付で「支援基金」から17万円支出し、各学年20人分の教科書を購入して、近日中に船便で送ります。こんなことができるのもウズベキスタンでは、サマルカンド外国語大学だけのようです。私からも心からお礼を申し上げます。
さて、【自著を語る】ですが、なんといっても一番うれしかったのは、「サマルガンドへ行ってみたくなった」という「お葉書」や「声」をたくさん頂いたことです。なかには「胡口が赴任する夏に一緒に行きたい」と言う美人がおられたのにはびっくりしました。
次にうれしかったのは「《シルクロードが生んだ日本人伝説》の虚構性」と「義祖母一代記」を高く評価してくれた人が多かったことです。「義祖母一代記」は、法政大学の日高ゼミで勉強した「スターリン時代のソ連邦」が大いに役立ちました。
また、「日本人墓地」を読んで初めてウズベキスタンでも日本人抑留兵が強制労働に従事し、不運にも亡くなったことを知ったという言葉ではなく「ユーラシア抑留」というべきだという研究者もおられます。
「サマルカンドの日本語教育」の反響も大きかったです。ことに福岡県教育問題総合研究所の藤野達善所長の目にとまり、サマルカンド外国語大学の学生が福岡市に1ヶ月短期滞在するプログラムに仲間入りできる可能性が大きくなりました。
最後に、お願いを4点述べて終わりにします。
(1)日本ウズベキスタン協会の会員の方が何人か来て頂いています。場違いかもしれませんが、ぜひマスコミを交えた公開討論会を開き、嶌信彦会長などと議論したいと思いますので、よろしくお伝えください。ナボイ劇場建設の真実を明らかにしてこそ、真の日本とウズベキスタン両国民の友好が深められると考えるからです。この会場におられる心ある日本人やウズベク人は、みんなそのようにお考えだと推察しています。
(2)ご家庭に眠っている古いパソコンがありましたら着払いで結構ですので、私宛に送ってください。サマルカンド外国語大学には、本に書きましたように1台しかありません。私が赴任するときに持って行きます。日本語の勉強が飛躍的に向上することは間違いありません。
(3)「本」の出版を多少でも考えておられる方は、まず4月からオープンする司会者:佐野允彦氏の「編集工房さの」にご相談ください。原稿完成のお手伝いをし、同時代社へ橋渡しをしてくれることになっているとお聞きしました。
(4)今年5月に東京の調布市で「国際理解講座」(全3回)があり、ウズベキスタンが取り上げられ、私が講師として招かれました。近年は、フランスやギリシャがテーマでした。ウズベキスタンの「格」がぐんと上がりました。ご担当の方の見識の高さに敬意を表します。大使館の絶大なるご後援をお願いします。と同時に、各地の自治体に「国際理解講座」のようなものがございましたら、ぜひともご推薦ください。よろしくお願いいたします。
〜〜エーティボリンギス・ウッチュン・ラフマット!〜〜ご静聴ありがとうございました〜〜
2010年2月28日 於:スカイホール「出版記念会」胡口靖夫

同期(8期)の桜【左から】・山形さん
・内田さん
・胡口さん
・長谷川さん

日時:2010年2月28日(日)18時開場 18時半開演 場所:文京シビックセンター26階(スカイホール)
総勢80名の方々が遠方より出席して頂きました。 最後に「全員集合!」の合図で写真を撮りました。

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外苑中8期の胡口靖夫様からの投稿です。
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