外苑中15期の井上元雄様からの投稿です。
私は50歳になる時に同期の仲間に逢いたいと思い「外苑中15期会」の開催を実施し、皆さんに喜んで頂いた思い出があります(今も続けています
)。
(注1)渡御は多くの氏子が祭礼に関わることの出来る場面の一つで、神輿の担ぎ手になったり、祭礼の規模の大きなところでは山車、獅子舞や舞踊などを繰り出し行列になる。渡御行列の順序は祭礼によってまちまちであるが、行列の先頭部には先導役の猿田彦がいることが多く、その次に御幣、笠鉾、獅子、幟、高張り提灯、太鼓などの露払いの役目を持つものや先頭を示すものがあって、神輿がくることが多い。このほかには、神職、巫女、稚児、山車、獅子、舞踏などが行列に含まれる。渡御の道中は音楽的にも多様で、神職による雅楽、氏子による祭囃子や音頭などが奏でられることが多い。

鳩森八幡神社例大祭「渡御(とぎょ)」 〜〜〜 初めて参加してみました 〜〜〜
ある日、地元の同期の仲間から「お神輿」担がないかとの誘いがあり、ヒョイヒョイと参加させて頂きました。
何と言っても、あの伊達なスタイルに惚れていましたので、早々に「ダボシャツ・パッチ・足袋・小物」などを購入し地元のお祭に参加しました。
「イノウエさ〜ん!似合いますね!」と言われ、その気になり思いっきり参加。
結果、足・腰・肩・喉はボロボロでした(苦笑)。
その伊達なスタイルは当然、携帯メールで家族やお友達へ(笑い)。
お神輿の名は「南前」です。今の神宮前2丁目地域を言っています。
「南前」の由来は鳩森八幡神社の南側にある町だったからだそうです。
何とも分かり易い名前(由来)だと思います。
その後、地元の仲間から2008年に「渡御(とぎょ)」があるから参加するようにと言われ、「渡御?(注1)」と言う感じでしたが、言われるままに始めて「渡御」に参加してビックリでした。
何と各町会のお神輿が九基集まり、それは盛大でした。
「一基」に少なくても50名、多いところでは150名くらい居ました。
関係者など含めると全体で1000名くらいです。
この渡御は3年毎にあります。次回は2011年9月です。
2008年の渡御の順番は「千駄ヶ谷大通」「千駄ヶ谷五丁目東」「千駄ヶ谷五丁目」「代々木一丁目」「南新宿」「東部」「南前」「霞ヶ丘」「千駄ヶ谷三丁目」でした。
各町会にも同期の仲間も居て頼もしく思いました。
外苑中卒業の同窓生も沢山いらっしゃと思います。
次回のときはできるだけ多くの方に挨拶したいと思います。
宮司さん・役員さんからの祝辞と長老の木遣り♪

お昼ごろ新宿高島屋に「お神輿(全基)」が集まり、鳩森八幡神社の宮司さん・各町会の役員等の祝辞を頂きながら長老の「木遣り♪」などもあり盛り上がりも最高潮になったところで「渡御」の出発です。
午後2時ごろ新宿高島屋を出て明治通りを練り歩き鳩森八幡神社へ(セヤ!セヤ!・ワッショイ!ワッショイ!)。
普段、車道を歩いたことがありませんが、この時ばかりは無礼講とばかり気持ち良く明治通りを練り歩きました。
交通係(警察の方・我々の役員の方)も大変だったと思います。
本当にご苦労様でした。
また、途中の休憩所では「飲みもの・食べ物」など用意して頂いた「昔お姉さん達」には感謝です。
「渡御」に初めて参加させて頂きましたが、昔の良き時代にタイムスリップした感じです。
30年近く神宮前に住んで居たのに、このような盛大なお祭があるとは知りませんでした。
いろいろ調べてみると鳩森八幡神社の銀杏の木も樹齢400年?600年?とか言われています。
鳩森八幡神社を中心に各町会は栄えていたようです。
2008年の渡御の順番


「神輿」千駄ヶ谷五丁目東

「神輿」千駄ヶ谷五丁目
「神輿」代々木一丁目
「神輿」代々木一丁目
「神輿」南新宿

「神輿」南新宿
「神輿」千駄ヶ谷東部

「神輿」千駄ヶ谷東部
「神輿」南前

「神輿」南前

「神輿」霞ヶ丘
「神輿」千駄ヶ谷三丁目

「神輿」千駄ヶ谷三丁目
同期(15期)の仲間
来年(2011年)の9月(第2土曜日か日曜日だと思います)が楽しみです。是非、一緒に参加(お神輿を担ぐ方を募集しています)して頂いたり、見物に来て頂いて地元のお祭を盛り立てて頂けると嬉しいです。お待ちしています。
前列左から井上・香村です。後列左から大友・関口です。

「南前」の日本手拭いで作ったポーチです。
このポーチは地元のお母様に作って頂きました
外苑中15期の井上元雄様からの投稿です。


























