P3P4 学校周辺「歴史散歩」 長泉寺の石仏群(子どもへの愛情を物語る石仏たちの姿) 堺谷一人(19期卒)

■心に響く愛と祈りの造形
明治通り、神宮前6丁目バス停のあたり、現在はフォルクスワーゲン・アウディのショールームから明治通りを挟んだ斜め前に慈雲山長泉寺というお寺さんがあります。
ここで、素朴ながら非常によい表情をした石仏たちに出会いました。

墓所の奥、山手線の土手のところに二百数十体もあるというこの石仏たちは、もともとは、この付近に建てられてあったものが、宅地造成などの折りに、ここに集められてきたということです。
石仏には文字が彫り込まれたものが多く、年号や幼くして亡くなった子どもの戒名らしきものも刻まれています。年号には江戸時代のものが多く、元禄7年(1694)という松尾芭蕉が亡くなった年のものや、宝永、正徳、享保、元文、寛保、寛延、宝暦、寛政、天保などの文字が見えます。 早世と記したものが多くあり、早世○○童女、早世××童子とか、還泡童女といった文字も見えます。
作風は素朴なのですが、表情がとても豊かで、いいお顔をされておられます。
撮影をしていると、小さな子や赤子を失った親の気持ちや、まわりで温かく見守り一緒に死を悼む地域の人たちの姿。親たちの思いを託して鑿を振るった石工の心根が伝わってくるような気がしました。

石仏たちをお守り下さっている慈雲山長泉寺は、康平6年(1063)川崎土佐の守基家公の開基による草庵の建立がその淵源という歴史を持つ古刹です。御住職の書かれた沿革を拝見いたしますと、まさに渋谷の歴史に沿うような内容です。

石仏群への参拝はとくに制限はされていないようです。ただ、観光寺院ではありませんし、また、墓所の奥でもあります。
参拝はマナーを守って、お寺様や檀家の方々に御迷惑のかからぬよう御配慮をお願い申し上げます。
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P3P4 学校周辺「歴史散歩」 長泉寺の石仏群(子どもへの愛情を物語る石仏たちの姿) 堺谷一人(19期卒)
P3P4 学校周辺「歴史散歩」 長泉寺の石仏群(子どもへの愛情を物語る石仏たちの姿) 堺谷一人(19期卒)


























